Trrrrrrr Trrrrrrr ………
さほど使いこなしてはない人でも、
他の人のツールとの区別がつくようにという計らいから、
自身の携帯へのアクセスを知らせる電子音、所謂 着信音というのへは、
何かしら気の利いたメロディなりSE(効果音)なり、
お気に入りの声なりを設定している人がほとんどなようで。
『だからというのも何だけど、
却って弄らない方が判りやすかったりするのかもしれないね。』
人気の歌とかメジャーすぎる曲とかだと、
かぶってる人が結構いそうで紛らわしいし、
相手によっては 何だよそれあんたも使ってんのかよと睨まれそうでおっかない。
ただ、初期設定の音のままならならで、
もしかせずとも最も耳につくよに研究されている音なだけに、
そこが平日の昼間でも相当ににぎやかなヨコハマの雑踏の中であれ、
あら電話ね、おい電話だぞ、ほら電話よと、
周囲の人々からの多大なる関心を
ちらという視線という格好で向けられることも請け合いで。
そんな眼差しがちらちら降って来るのにせっつかれつつ、
ズボンのポッケから取り出したツールには、
“あ…。/////////”
それこそ自分で設定した登録名が液晶に浮かんで思わずのことドキドキッとしてしまう。
そのまま本名で登録するのは少々躊躇われる相手なのでと、
ちょっぴり甘えているかのような呼称にしてあるため、
それがパッと表示されるたびにやだもうとますます照れてしまいながらも周囲を見回し、
細い路地を見つけて其処へと向かいつつ小さなツールを頬に当てれば、
【敦か? 今何処だ。】
悪戯の途中だ加勢に来いと聞こえかねない、
ちょっぴり悪びれた、でもドキドキする魅惑の声が、
そりゃああっけらかんと聞こえて来て、
「中也さんっ♪」
抑えきれない喜色を塗りたくった声がついつい飛び出すのもしょうがなかろう。
【何だよ、そんな声出して。】
文言こそ、いきなり弾んだ声出すなんてと非難めいているそれだけれど、
まんざらでもないと笑っていそうな響きがするのを隠しもしない。
だがだが、さっき会ったばかりだろと続いたのへは、
「…あんなの“逢った”うちに入りませんよぉ。」
確かに面と向かってという距離で向かい合った。
全くの奇遇というか、図らずもという格好での遭遇をした二人じゃああったが、
「…中也さんも太宰さんもひどいんだから。」
きっと芥川だってやれやれって顔してたから自分と気持ちは同じはずだと、
ついつい己の想い人と上司を恨むよな言い方になってしまうのは、
相も変わらず、犬猿の仲である上司二人が
顔を合わせたそのまま厭味の応酬を始めたからで。
ただ擦れ違うくらいなら、
視野の中に素早く虎の目が見つけてしまうのはまだ抑えようがある。
チラと視線が絡まってほこりと胸が温まって、
今日も思わぬ恰好で逢えたとささやかな邂逅へこそり嬉しくなるだけで済むのにね。
『おや、そこにいるのは天然記念物サイズの蛞蝓じゃあないか。
ああ勿論 大きいって意味じゃないから念のため。』
『そっちこそ大丈夫か?
こんな空気の乾いた日に陸へ上がってよ、青鯖野郎。』
何かしらくささねば収まらぬという不思議な相性までお揃いで、
いっそ仲良しなんじゃあと言いたくなるほどに気の合う二人が
しょむない舌戦を喧々諤々10分ほど繰り広げるのを、
制しても無駄だと判っているからこそ
ただただ大人しく見てなきゃならない 連れのAとBだった自分と芥川で。
「あんな理不尽ってないですよぉ…。」
うんざりするよな内容の応酬を、
周囲からの好奇の視線もろとも我慢するのも苦行だが、
自分の場合はそれだけじゃあない。
こんな欲をかくなんていけないと、
分不相応だと叱咤する自分もちゃんといるけど。
本人が目の前にいるのはやはりあのその刺激が強いというか、
我慢ならずに飛びつきたくってたまらない気持ちが
どう押さえつけてもむくむくするからどうにもいけない。
嗚呼、こんなにも自制が利かない身だったかと、
両の手をぐうに握り込み、ただただひたすら我慢したのだ。
ああ、こんな罵倒句なんて聞きたくないのになぁ
先日の久々の逢瀬の朝なぞ、
洗面所に立っていたところへやってきてそれは優しく抱きすくめてくれて、
『こら、とっとと起き出して何してやがる。』
『え?』
振り返る暇も与えずに、こちらのうなじへそおと口づけ、
そのままやはりこちらの肩口に頭を乗っけ、
そこへおでこをこてんとくっつけた可愛い人。
前の晩の睦みの熱をまとったそのまま、
まろやかなまでに良く寝ていたのでと
起こさぬようにこっそり寝台から抜け出して顔を洗ってただけなのに。
勝手をするなと不機嫌な言いようをした彼だったのへ、
『だって…中也さんの寝顔って
いつまで見ててもキリがないほどかっこいいんですもん。』
瞼が下ろされた形のいい眼窩は何をか感慨深く思想しているようで彫り深く。
すべらかな頬の縁、長い睫毛が落す淡い陰りも、
すっと通った鼻梁の描く繊細な造作も、
表情豊かな唇が今は何の感情も浮かべずの無心に、
でもちょっと緩く合わさってるところが微妙に思わせぶりな綺麗な口許も。
それはそれは魅惑的に美しくって、
でもでもちゃんと息づいてるんだという
肌の温みや静かな寝息が間近から届いてドキドキしちゃって。
いつまでも眺めてられそうで、でも今日は出社しなきゃいけなくて。
えいと頑張って視線を引き剥がし、息をひそめて身を起こし、
そおっとそおっと身支度してたのに。
『…だったら、それにそのまま魅入られてろ。』
ちょっと間が挟まったのは、敦の言いように照れたから。
そして、それへの即妙な言い回しを思いつき、
でもでも自分でも気障な言いようだと思ったからだろう。
言った語尾が消えぬうち、胴に回されていた腕がギュッと狭まって、
中也さんの胸板が背中にくっついて、
わあとこちらもドキドキしちゃった そりゃあ甘い甘い朝だったのにな。
ああまで甘くなくてもいいけれど、
あの時みたいな柔らかい物言いこそ聞きたかったのになぁと、
胸のうちにて転がして、あぁあと残念そうに口許尖らせておれば、
【そんな残念な顔すんじゃねぇよ。】
「はい?」
【青鯖野郎とは別行動らしいな。何か訊き込みか?】
「あ、いえ。今日のところはただのお使いで…。」
さっきまで一緒だった太宰さんは
あんな奴と顔を合わせたなんて縁起でもないなんて、
こっちにすれば何とも勝手な物言いをし、
『ちょっとどっかでいい川に入って来るよ』と
事情を知らない人には訳の分からぬいつもの常套句を残し、
器用にもまずは雑踏の中へあっという間に飲まれていったばかりで。
そんなことより
「何で顔まで判るんですか?」
不機嫌そうな声じゃああろうが、なんで表情まで判るのだと、
もしかしてもしかするの?という期待もて、
平日なのに結構な人出の周囲をきょろきょろ見回せば、
「あ…。////////」
少し先の小じゃれたカフェの二階席。
ツタの絡まるレンガをあしらわれた壁を飾り、
大きく左右にと開かれた、天井が楕円の窓のうちから、
さっき見たばかりの鮮やかな赤毛の君がふふんと笑って見下ろしてござる。
【どういうわけだか芥川が攫われてったんでな。
じゃあ俺は手前をランチ付きで誘拐しようと思うんだが、】
そんなつもりはさらさらねぇが、引き換えみたいな扱いは嫌か?
そんなお誘いをそりゃあ軽やかに紡ぐお声こそ、
ホントに聞きたかった 愛しき人からの実のこもった囁きで。
「勿論です、喜んで攫われますよvv」
物騒な言いようだったからか、
間際を通り過ぎかけたサラリーマンらしき男の人がぎょっとしてこっちを見たけれど、
そんなの全然気にならぬ。
わぁいと手を振る愛し子の満面の笑みへ、
おいおいという苦笑をこぼしつつ、
それがもっと弛みそうになるの、何とか耐えてた幹部様だったらしいとは
恐らくさっき大喧嘩した元相棒さんくらいでなきゃあ
微妙が過ぎて見定められなかっただろうとのことで…。
◇◇
………で。
「太宰さん、人虎から苦情のメールが山ほど来るのですが。」
居なくなったけど知らないか、
ここいらで川といや港へそそぐ運河しかないし、
まさか人の目もある中でそこへ飛び込むとも思われぬ、
隠れ家とか気に入りの松の木とか どこ行ったか心当たりはないかと、
クレームとしか思えぬメールがビコンビコンとうるさいほど着信中であるようで。
そんな様相のツールをほらと、同じテーブルについている連れへと見せたのは、
ついさっき巧妙にコートの裾を引っ張られ、
ダンスでも舞うように器用にクルリと痩躯を回されたことで
おとととたたらを踏んだそのまま、
長い腕へと絡め捕られて…気が付きゃこの裏通りの穴場らしいカフェまで
そりゃあ手慣れた要領にて掻っ攫われていたポートマフィアの遊撃隊長さん。
自分への問い合わせなのは、
一緒に居るのかと暗に見越されていようからであろうし、
“気のせいでなけりゃあ、中原さんも。”
すすすッとビルとビルの狭間へ引っ張られた瞬間、
お、なんて顔してこっちを間違いなく見た彼だった。
なのに、そのまま連行されるの、微妙に苦笑して見送ったため、
え?え?と身動きが一瞬止まったこともあり、
手練れな自分がこうもあっさり搦め捕られたのだと、
誰へのそれか、苦しい言い訳がしたいらしかった漆黒の覇者さんへ、
「だって いつもいつも当然のようにキミを連れてるじゃないよ、あいつったら。」
それでつい突っかかっちゃったものの、
それだけじゃあ収まらず、
ただの見回りだけなようだからと愛しの君を攫っただけだと。
正当な行為のように言い放ち、
何か問題でも?と、肘をついてそれは綺麗な形に両手を組み合わせ、
その上で小首をかしげて頬笑むお顔の何と麗しいことよ。
見るからに屈強という風情ではないながら、健やかで頼もしい肢体は、
どこか洋館の守り神として彫られた瑞々しくもうら若い神像のようで。
撫でつけされぬ長めの髪が額や目許へ影を落とすが、
そんなものなぞものともしない、
そりゃあくっきりと印象深く、それでいて嫋やかな色香を滲ませた双眸に、
繊細そうな鼻梁のラインとまだまだすべらかな頬との絶妙な均衡が、
ともすれば女性と見まがうような淑とした美しさを匂い立たせ。
口角のはっきりとした知性ただよう柔らかな口許は、
ふふと小さくほころべば不思議と妖艶な気色を滲ませ
精悍そうな青年という顔のすぐ裏に、油断のならぬ人性を翳らせて。
相も変わらず、蠱惑の塊のようなお人だが
“言ってることは、ただの我儘なのだから…。”
振り回されてる人虎も大変だろうなと、
職務中は誠実実直な自分の上司の方がまだマシと、思いかかった芥川だったものの、
こんな画策など交わされてなかったはずなのに、あっさり自分を攫わせて、
このメール攻勢からして敦の傍から離れた太宰だということは明らかなのに、
“…メールが止まった。”
呆れて諦めたにしては唐突だったあたり、向こうも似たような運びに攫われたのかもと、
妙なところで気の合う間柄、しかも何の打ち合わせもなくという恐ろしさに、
苦笑がついこぼれてしまった、ポートマフィアの若き隊長殿だった。
さて、何を食べたい?
パスタかな? 少しは食べるようになってるのだろ?
中也が口うるさいだろうからね。
それともスイーツの店がいいかな?
なんだい? 彼らとかち合わないかって、何の話かな?
~ Fine ~ 17.09.22
*判りやすいいちゃいちゃ話を一席vv(笑)

|